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2007年03月29日

エライジャ・クレイグ12Y

カトリック協会は1517年の宗教改革運動が始まる前まで、盛んに免罪符を売りまくり(≧σ≦)、教会を建てた。多分ブドウ畑も一杯作って神父たち?はワインをたらふく呑んだのだろう。
ええワインもきっとできたと思うわ!

他方、プロテスタントの牧師はどうや?
やっぱりアルコールに関係する宗教家がおるなぁ(=^~^)!1789年に初めてバーボンを生みだし「バーボンの父」と呼ばれるエライジャ・クレイグや!
今夜はその人の名前がついたエライジャ・クレイグ12Yや!これは赤みがかった濃い色してて、甘い香ばしい香りがするわ。ストレートで呑むと、微かに甘いが、酸味も感じて、なかなか美味いわ。

では日本の宗教家は、アルコールに積極的に関与したのかな?
空海は薬として日本酒を認めたが、最澄は絶対に認めなかったらしい。その後、法然・親鸞・栄西・道元・日蓮・一遍その他の著名な宗教家については、・・・知らんなぁ!
多分、破壊僧だけが、般若湯とか言って呑んでたんやろなぁ。
キリスト教の宗教家と違ってるところが、おもろいわ!

ちなみに、お釈迦様は、「アルコールは絶対あかんよ」と言ってないと思うわ!
托鉢してる途中で、「アルコールはダメや、肉はあかんよ!」なんて言葉は出てこないと思うから。
本来の仏教から変節?した日本式仏教のために、日本の宗教家がアルコール製造に積極的になれなかったとしたら・・・、まぁしゃ~ないけど(*^▽^*)


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この記事へのコメント
>アッホス様
なかなか面白い意見かも
いい機会なので色々調べてみてはいかがですか?
面白い発見があるかも(^^)
Posted by モルト大好き at 2007年03月29日 01:10
>モルト大好き様
 僕はワインやバーボンを好きだけど、1939年のポルトガル船来航の禁止も肯定する立場で、複雑です(=^~^)
 宗教家は神・仏などの他、酒作りに関与してもいいけど、世界を分割して二分しようとする政治的運動を肯定したり、一神教の世界以外に住む人間を蔑視することには賛成できません。
 今夜は、酔ってて、長文で、申し訳ないです( ̄Д ̄;)



 
 
 
Posted by アッホス at 2007年03月29日 01:26
ウンチク垂れの登場です。ワインが教会と言うか、修道院と縁が深いのは次の事に起因します。寄進等により食べる為に働かなくて良いので時間がある。寄進により良い立地の畑を持っていた。そして最も重要な分析的思考と論理的手法の姿勢を持っていた。つまり、中世から近世に成るまで知識と科学は教会に属していましたし、彼らは宗教上の儀式である祕跡に使われるワインを信仰心と等しく磨きあげたのです。特にブルゴーニュとドイツの名声は彼らが気付き、築き、伝えました。白の銘酒誉れ高きコルトンシャルルマーニュは伝説では775年にシャルルマーニュ大帝が教会に寄進したーしかも、200年程前迄は今と別の葡萄品種が植えられていたーにもかかわず、白の銘酒の一つとして知られていました。またアメリカでも、西海岸で布教と共に葡萄が植えられ、葡萄品種名からミッションの道と呼ばれ南はメキシコまで届きました。が、アメリカ大陸では逆輸入された葡萄根アブラ虫により関係が壊されます。また、フランスでは革命により関係が薄くなります。
Posted by 赤枝騎士 at 2007年03月29日 05:11
ウンチクその2ー日本編ーさて、仏教は後から入って来た宗教なのは歴史で勉強した通り。で、御神酒あがらぬ神はなしの言葉かある様に、古くは女性の口噛み酒の時代から酒は神社の特権物でした。古くは奈良時代の播磨国風土記にも、ある神社のお供えの米が濡れて黴びたので、それで酒を醸したと記載があります。黴すなわち糀が奈良時代には一般化しましたが、昔から日本は米が主食でありましたので、主食が農家の庭先で酒に変わる事で食料不足を招くのは避けたい。で、平安朝の時の権力者は足枷と利益を狙って課税を企んだ。が、当時は作り手は宮廷、貴族、武士、神社。流石に自分の手で首を絞める様な物。で目を付けたのが糀。許可制にして自分とこ以外は課税する事に。で、神社は御神酒が必要だし歴史もあるし、国家鎮護の役があるので優遇されて課税ありで糀をつくり始めました。暫くして、最初の造り酒屋や力を付けてきた寺院にも税込みで糀を売りつけてました。で、時の権力者はこの方法が実に都合の良い制度にしたのが麹座でした。先発の利で神社関係が糀の製造販売の権利の多くを軽い税という特権付きで占めました。何しろ、酒だけでなく味噌、醤油、甘酒などの糀も仕切っていたので二百年間一大勢力を誇っていました。が、時は流れて室町時代。もうこの時代の寺院は強い力を持ち、諸行事も多く、参加者も多くて大量の酒がいる。後発といえど経験は十分で優秀な寺酒をかもしていましたし、当時乱立していた造り酒屋も酒質の決め手は糀が握ってるので自分の手で作りたい。両者の想いが一致ー寺院は神社に頭を下げて糀を買うのはまっぴらゴメンとの想いもあってー一致し、1444年文安の麹騒動が引き起こされます。これにより、麹座は崩壊し、現在の様な一貫生産が取られる様になります。ちなみに、食い物の恨みは恐ろしいというか、この騒動、後数百年続いたりします。
Posted by 赤枝騎士 at 2007年03月29日 06:29
>赤枝騎士様
 ありがとうございました(=^~^)
 神社と寺社・造り酒屋との確執がおもしろいですね!
 「○○宗の△△の作った酒」なんてものが、どこかにあるともっとおもしろいですね(^◇^*)
Posted by アッホス at 2007年03月29日 11:13
記録には無いですが、恐らくそう言う事は普通に有った事だと思われます。基本的に醸造には下級の僧侶や神官が監督として当たり、評価が高いから造り酒屋に転職ー正しく、元神官が門前で酒を醸したのが最初という、奈良の春鹿の様な事はあったと思います。また、平安期に書かれた延記式から江戸時代の書物までの日本酒は今の日本酒と異なり、濃厚甘口だった様です。精米歩合は90弱で、糀の割合が多く、仕込み水も少ないので、今で言う全糀仕込みや味醂の様な甘口で日持ちのする酒だったそうです。しかも、それを倉で出荷時に水で割って、大卸から小さな卸へと流れる毎に水で割られ、最後に居酒屋でも水で割られる程濃い酒の様でした。でもアルコールは酷い時は3%前後迄落ちた様です。(´∀`)
Posted by 赤枝騎士 at 2007年03月29日 15:24
>赤枝騎士様
 やっぱり、「○○宗の△△の作った酒」なんてものは、普通にあったのですね(^◇^*)
 ただ、仏教には守るべき戒律が多かったと思います。
 宗派によっても違うと思いますが、仏教の五戒の一つに「不飲酒=酒を飲むな 」があります。
 だから、破戒僧でもない限り、真面目な僧は一生懸命に美味い酒を作ったけれど、戒律を守って酒を呑まなかったという事も考えられます(≧σ≦)!
 当時の真面目な坊さんは・・・つらいなぁ( ̄Д ̄;)
 現代の真面目な坊さんは、妻帯飲酒など全てがだいたいOKで、幸せですなぁ♪♪(⌒o⌒)v♪♪
Posted by アッホス at 2007年03月29日 22:46
残念ながら、真面目な坊主は消費税以下しか居なかった様です。(>_<) 基本的に、貴族や武士、皇族の3男以下や側室に生ませた子などが寺院の上部を基本的に占めていました。一休さんも天皇の孫。何故ならば、寺の中も階級社会で、僧侶の名前も格が決まっていたので出世と言うか大寺院の住職は家柄が重んじられました。昔は宗教行事も政治活動でしたから。なので庶民出の僧侶が上の位に就くことは奇跡に近い事だった様です。下は不満だらけ、上は僧兵を使って勢力拡大や朝廷や幕府に圧力を掛けてました。麹騒動の時も僧兵が大活躍でした。なので、それはそれは素敵なソドムとゴモラの様なパラダイスだった様です。まっ、信長の気持ちも分からんでもないか。(-.-;)
Posted by 赤枝騎士 at 2007年03月31日 03:58
>赤枝騎士様
 仏教指導者の世界も・・・仏陀の教えとは別に、大部分は腐ってたんですね(≧σ≦)!
 信長でなくても・・・ですね!(笑)
 
 
 
 
Posted by アッホス at 2007年04月01日 00:39